僕ら患者は自分に「都合の良い情報」を集めてしまう生き物。

公開日:2017/02/21
最終更新日:2017/04/21

僕ら患者は厄介な無意識を内側に持っている。

僕ら患者は綺麗に二つに分かれます。

  • まず実践する人。
  • 「できない理由」を探す人。

そこから更に「細分化」されていきまして

  • まず実践する人。
    • 指示通りに実践する人
    • 自分が納得してから実践する人
    • 自分が納得いく形に改良して実践する人
  • 「できない理由」を探す人。
    • 「本当はしたいけど、○○だからできない」と言う人
    • 「○○になったらする」と言う人。
    • 「それは危ないとTVで言っていた」と言う人。

こんな風になっていきます。

ここでは良くあるケースとして「できない理由」を探す人についての説明をします。

僕自身、そういう行動を取っていた事があるので自分への戒めも含めてです。

「選択的注意」という無意識の仕事。

「カクテルパーティ効果」という言葉があるのですが、これはざっくり言いますと

「複数の情報が混在している時、自分が関心のある情報を自動的に選択している」

というもの。

つまりは「自分の興味がある事に意識が集中される」という事。

これは言い換えると

自分が見たくない情報は無意識に弾かれる」という事です。

正に「無かったことにする」みたいな事が無意識下で行われている訳です。

これは非常に厄介ですよ。

「自分を後押しする情報」ばかりが眼に入る。

ズバリこれが厄介ですよね。

  • 「自分が取り組まなくて良い理由」
  • 「自分が取り組むべきではない理由」
  • 「自分が取り組まない方が良い理由」

こういった理由をとにかく「探す」ではなく「見つけて」しまうのが選択的注意の怖さです。

  • TVでこう言っていた
  • 雑誌でこう書いていた
  • 有名人がブログでこう書いていた
  • 知り合いがこう言っていた
  • 新聞にはこう書いていた

ありとあらゆる媒体から「自分がしなくても良い」根拠を見つけては教えてくれます。

アンテナが凄い鋭敏になっているんですね。

「選択的注意」の多くは「したくない」の行動の表れ。

選択的注意で良くあるウォーキングの例を挙げますと、

  • 1日10,000歩の必要は無い
  • 歩き過ぎても身体を壊す
  • 2~30分以上の継続は続かない事が多い
  • 1日合計30分でも効果は同じ

こういった色んな理論を見つけては教えてくれます。

そして、この先が面白い様に共通しているのですが

 

 

「結局は歩かない」

 

という結末を迎える人が圧倒的に多いです。

そうなんです。

  • 歩くのが面倒
  • 歩きたくない
  • でも、情けないと思われたくない
  • 歩けない理由があれば「私は悪くない」

早い話が「嫌」なんですよね。

でも、はっきりと「歩きたくない」とは言いたくない。

だから他の何かに「科学的な根拠」を任せて自分の正当性を主張する。

「歩く必要性が無い」という論理にすり替えてしまうのです。

このパターンが選択的注意の最も厄介なところです。

でも、臨床の場では間違いなくこの手の人が多いです。

だから慢性化していきます。

「嫌」に留まる理由は「取り組む目的と理由」が見えてない事が多い。

この手の人は皆、性格の傾向が非常に似ています。

  • 取り組む必要性は感じている
  • 感じているけど、具体的な理解が乏しい
  • 具体性が無いから「楽したい」という気持ちが膨らむ

こういうことです。

誰もが「歩いた方が良い」のはわかっているんです。

でも、具体的に「何で歩いた方が良いのか」という所までは理解が及んでいない。

ただ「歩くのは健康に良い」という事だけはわかっている状態。

だから「楽に歩いて目的を達成する方法」を探してしまうんですね。

もし、具体的な目的と方法への理解があったならば

「楽して得られる結果は無い」

という事が理解できているので「しなくて良い理由」なんて探す意識が起こりません。

そういう情報を見ても「ありえへんわ」と流すと思います。

ただ、中には

  • やらないと駄目だとはわかっている。
  • 具体的な理解もしている。
  • でもやりたくない。

という人もいるのですが、流石にこれはどうしようもないです(笑

「働かないで遊んで贅沢に暮らしたい」

というのと同じ話です。

脂肪吸引等の方法しか残されていないと思います。

一方、「頑張り過ぎ」の人も脆さを内包している。

ここまで腰が重たい人の例を紹介してきましたが、

実は「できない理由を見つけてくる」人と対極にあるタイプの人も危険です。

「無理をして頑張り続ける」

このタイプも日本人に多いです。

「医師の指示に従い、痛みを堪えてでも歩き続けた」というデューク更家さんのお母さんも多分このタイプです。

  • 先生の指示通りに頑張る。
  • 徹底する。
  • 指示以上に頑張ってしまう。

これは

  • しておけば安心
  • したから大丈夫
  • しなくてはならない。
  • 指示に従う

といったような「する事」自体が安心材料になるケースです。

これは

  • 「何のために?」
  • 「何の目的で?」

という部分が欠けているか抽象的な状態で止まっているケースが多い。

完全に体育会系の「質より量」の状態です。

日本人は生真面目なので、真面目に取り組み、身体を壊すという悪循環があります。

目的を理解すれば最適解は見つかる。

  • 「取り組む人」
  • 「取り組まない人」
  • 「頑張り過ぎる人」

形としては様々ですが、共通しているのは「理解不足」です。

「ウォーキング」というテーマにしても

  • 何の為に歩くのか
  • 何故、ウォーキングなのか
  • ウォーキングにする理由、メリットは?

といった「具体的な部分」が理解されていなければ「ただ歩く」という行動だけが意識される事になるはずです。

「ウォーキング」はそもそも「手段」に過ぎません。

あくまで大切なのは「目的」です。

何が目的であるのか。

それを改めて再確認し、その為の「手段」として最適なものが「ウォーキング」であると結論が出たのであれば、

「ただ歩けば良い」

というものではなくなっているはずです。

「○○する為にはウォーキングが最適だ」

という具体的なウォーキング論が出来上がっているでしょう。

とにかく「具体的に掘り下げる」という事。

それが大切だと覚えておいてください。

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