大雑把に本質を理解すればいい。

公開日:2017/02/17
最終更新日:2017/04/21

厳密な理解や区分を学ぶ必要は無い。

僕ら患者は病気や症状を理解する時、大雑把な理解で良いです。

ただし、本質だけはしっかり見極めておきましょう。

厳密・詳細の極致は医学だと思うのですが、医学論文って文字数稼ぎの為の無駄な内容が多過ぎて、実際は厳密の中に無駄が混在しています。

これは「学術論文」の宿命です。

なので、難しい事を羅列している文章ほど優れていて、シンプルで簡単な言葉で表現しているものほど一般用だという前提は壊してください。

一般書の方が本質をついている事も多々あります。

僕らが理解すべきは「本質」部分です。

「木を見て森を見ず」にならないように。

画像引用:http://www.og-cel.jp/column/1194329_15959.html より

僕ら患者は「身体全体」を見渡す事を大切にすべきです。

西洋医学は「疾患」にだけ注力する傾向があり、それ以外の部分(合併症等のリスク)は「それはそれ」と責任の範囲外にしがちです。

とにかく「診断疾患を倒す」と病気と闘う事ばかりに目を向けています。

でも、僕らが求めているのは少し違うはずです。

極論、

「癌がそこにあっても、今までと同じ日常が送れるならそれでいい」

という様に「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)」の維持向上が最優先です。

僕ら苦しめられたヘルニアだってそうです。

ヘルニア自体は手術で取り除かないと無くならないかもしれません。

でも、ヘルニアがあっても飛んで跳ねて遊べたらそれでいいんです。

日常生活に大きな支障が生まれたから病院に来ただけで、決してヘルニアを切除しに来たわけじゃない。

日常生活に戻れるなら、ヘルニアの有無なんてどうでもいい。

医療・代替医療の世界では、専門家の方が「木(診断疾患)」に目をむけがちです。

ですので、僕ら患者は「森(身体全体・自分のこの先の人生)」に目を向けて動いていきましょう。

取り戻すべきは「日常」なのだ。

僕らが取り戻すべきは「日常」です。

その為に医療・代替医療を頼っています。

目の前の疾患をやっつけて、他の疾患を呼び込んだところで本末転倒です。

冗談みたいな本当の話ですが、ヘルニアを手術で切除して症状が残っても、病院は「ヘルニアは完治した」と主張します。

確かにそれは間違っていません。実際にヘルニアは切除されたのですから。

でも、僕ら患者からしたら「いや、痺れを取って欲しくて来たんだって!」というお話です。

この手の話は枚挙に暇がありません。

僕ら患者はどちからというと「東洋医学」的な観点で自分を見た方が良いかもしれないですね。

東洋医学の方が比較的「本質」を捉えた見方をしている様な気がします。

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